太平洋戦争末期、全国各地の動物園で「空襲でおりが壊れて脱走したら危険」などとして、猛獣の殺処分があった。だが戦時中の動物の犠牲はそれだけではなかった。家でかわいがられていた犬や猫も、国の要請で集められ、命を奪われた。
「兄弟のように暮らしていた犬がお国のために殺された」
終戦から40年近く経った1983年。児童文学作家の井上こみちさん(85)は、都内の自宅近くで犬を散歩させている女性と話をしているとき、そう打ち明けられた。
女性は「東亜(とうあ)」と名付けたシバイヌを、家族同然に育てていた。小学5年生だった43年秋、東亜の「供出」を求める回覧板が届いた。
指定された日に、警察署に連れてくるよう記してあった。当日、母は貴重な米で小豆ご飯を作り、東亜に与えた。警察署に連れて行くと、係官は名簿を見ながら東亜を取り上げ、おりに入れた。東亜は遊びの延長のように跳ね回っていたが、女性が泣いているのを見て不安そうにほえ始めた。その後、東亜がどうなったかは分からないという。
「どうして……」
「軍用犬でもない犬が、どう…